カムイ伝って左翼なの?※カムイ伝(第一部)は疲れる(꒪⌓꒪)

書評

今回はカムイ伝を読みました!(○年振り?二回目)

カムイ伝って今第一部とか第二部なんですね。記憶が定かではありませんが私が一回目を読んだ時はそんなの無かったような記憶です。曖昧なのでよく分かりませんが笑。

最近物忘れが激しいので昔のことはさっぱり覚えていなく、カムイ伝を読み直すことにしました。

その前に「カムイ伝 左翼」という検索ワードが気になったのでこれについて答えていきたいと思いますね。あ、私なりにですが。

スポンサーリンク

カムイ伝って左翼なの?

カムイ伝(第一部)は被差別部落(非人)が出てくる物語でまた結構、作者の思想というか主張が出てくる珍しい?マンガだと思います。

もしも左翼という言葉の意味が「平等な社会を目指す人達」であるならカムイ伝の作者は左翼的な思想であると言えます。

ここまで露骨に封建的制度や身分制度などを批判的に描くというか作中でそのまま主張しているので(物語というより普通に文章でw)、左翼的ではありますよね。

ただ昔はこういう感じの人達ばかりが作家だった?

作者の白土三平さんという方は1932年生まれで私たちからすると人生の大先輩ですよね。

昔の作家というのは今の訳の分からない人達と違って(爆)、「差別」とか「部落問題」とか、あるいは「戦争と平和」とか、そういった重い主題に関して当事者意識があって書いていた人達が多かったと言えると思いますね。当事者意識がない人も書いていたかもしれませんが笑。

ただ今こういうテーマで何かを書いたら薄っぺらいものになるでしょう。部落問題と言っても昔に被差別部落だった地域の学校には今ではクーラー完備されていて、差別という問題について日本政府はお金で償ってきたのです。そしてもう十分だろうという声もあるわけです。経済的な差が無くなり、後はその人の努力だろ?という社会になっています。※今度は部落ではない経済的な格差の問題がでてきましたが

ですから今、部落問題について切実に何か言うことはあるんだろうか?例えばそういったテーマを文学で言う必要性があるんだろうか?と言えば無いでしょうね。

そもそも、もういいんじゃね?っていうのが常識的な意見だと思います。

ただ昔の作家(特に小説家ですね)というのはとかく左翼的な人達が多かったし、切実な当事者意識を持っている人達も多かったと思いますね。白土三平さんももしかすると差別とか身分制のようなものに対して当事者意識を持っていた可能性はあるかもしれません。

だからこそ作家には左翼みたいな人達が多かったし、本気で読まれたということがあったと思うのですよね。

しかし今はそうはいきません。作家も読者も当事者意識がほとんどなくなっています。だから作家も日本的な文脈では差別を言いません。今あるのは外国人差別のみでしょう。

また村上春樹は作家として生き残ってますが元々そういう古い作風ではないですよね。むしろ「そういう左翼とは俺は無関係、俺はノンポリ」を貫いていて、果てしなく薄っぺらい感じがするのはそのせいだし、一体彼が何のために小説を書いているのかは誰も分かりません。多分ビジネス、職業なんだと思うんですが。

しかし村上春樹のようなポジションというのはアンチ日本的作家といった立ち位置であり、左翼的な作家というものがいなくなってしまったらただの抜け殻、商業的な作家に過ぎなくなるでしょう。

もちろん今も作家とか映画監督とかには左翼っぽいことを言っている人達は多いです。しかし彼らに切実な当事者意識ってあるんでしょうか?個人的な差別を感じたという話は決して一般化しませんし、作品にしても広がりはないものだと思います。

だから平和がどうとか原発反対とか当事者意識が無いままに念仏を唱えるしかないのです。

(終わり)

カムイ伝(第一部)を読んで疲れる(꒪⌓꒪)

あ、話を戻しますねw

カムイ伝(第一部)を読んだんですが、本当に酷い内容でした。

内容的には、最初の方から忍者のような奴と武士みたいなのが斬り合って、足がもげてびっこ(片足)になったり、とにかく簡単に人が死んだり、体の一部がもげるのでただの残酷物語だと思いました。

大昔に読んだ時もそんな印象だったのか?と言われるとよく覚えていないのですが今あらためて読むと「酷えなこれ」しか感想がないです。

それ以降もずっと百姓が武士に虐待される内容で、飢饉なども起こり悲惨なことが続きます。それでも百姓の正助が頑張って村を良くしていきますが、必ず良いことの次は悪いことが起こって、読み進めるに従ってどんどんと私の気持ちが沈んでいきます。

また百姓だけがイジメられる話にとどまらず下級武士も上から抑えつけられてどんどんと無職になっていくという救いようのない話が続きます。その傍らでは百姓が口減らしと言って子供を殺していくということが続いたりして私は鬱になりそうでした。

また武士は家族がいて職が無くなると妻子を殺して自分も腹を切ったりします。そして仲間の同じようにクビになった武士が介錯し来たりと、カムイ伝(第一部)は

「いつまでこんなの続くんだ…(꒪⌓꒪)」

といった内容になっています。

もう無理。

全ては徳川幕府が作った封建的社会のせい

若干ネタバレになりますがこういった身分制の中のイジメに次ぐイジメを描く中で作者は必ず「徳川幕府の統治のせい!封建的身分制のせい!」と繰り返します。

この物語は完全にフィクションであり、史実とは一部違ったような社会が描かれているものの(例えばエタ・ヒニンの内、ヒニン[非人]しか出てない)、徳川時代の参勤交代なんていうのは地方の大名を浪費させて力を蓄えさせない統治方法でその結果、徳川幕府は長く続いたが日本を貧しくさせた、遅れさせたと言って良いかも知れません。※日本史が詳しくないので分かんないですがw

もっと言えばカムイ伝の主張のようにそういった大名の浪費を支えていたのが藩内の士農工商、非人(穢多も)であるということになります。とにかくカムイ伝では藩の財政が逼迫していく中でどのようにして下級武士や農民や非人が藩や幕府によって構造的にイジメ抜かれていくのかが描かれています。それが巧みであり白土三平先生の筆致が冴える内容となっています。

ただ「ドSには良い」とか今風の寒いことは言いません。完全にドン引きしました。

読んでいて一番感じたのは「読むのが辛い…」「食欲がなくなる…」といったネガティブな印象です。

そして第一部のラストも救いようがない程に農民達が一揆に追い込まれていき、一揆をやっぱり起こしてしまいます。ネタバレになるので書かないですが、一揆自体は成功するもののお決まりのパターンで首謀者探しが始まり、「あ~もう嫌になっちゃうな~」と思いながらカムイ伝の最も有名な場面に向かっていきます。これだけは私も覚えていて、「またあの場面来るよ~もう見たくねえよマジで~」とか思いながら読んでましたが、記憶とは違って意外とあっさりとした感じで終わったのかなというところです。

もっともっと村人に壮絶なリンチを受けて、「もう絶対村とか嫌!」とかいう読後の感想になると思ったのですがそうでもなかったです。ただ舌抜いたら死ぬんじゃないのか?違うのかな…。

とにかく、オラもうカムイ伝は嫌です。